デバイスを回転させてください

WORLD CHAMPIONSHIPの幕が開く

16のチームがサモナーズカップを
求めて激突する

その名を歴史に刻めるのは、
ただ1チームのみ

サモナーカップを回す
2016
2016
2015
2014
2013
2012
2011
運命を綴れ
覇王
戦士たち
戴冠の時
伏兵の躍進
夢を追って
振り返る
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20
16
WINNER

SK TELEKOM T1

Location

Los Angeles, USA

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君のチャンピオンを召喚

過去6年間、World Championshipはレジェンド(伝説)が紡がれる場所であり続けてきました。それもすべてサモナーズリフトへ注がれた愛ゆえのものでしょう。Worldsはいつも、記憶に残るプレイ、王者の放つ輝き、尽きることのない情熱と競争心のきらめきに満ちています。今年のトーナメントでも、世界最高のプレイヤーたちがしのぎを削ります。彼らがどんなレジェンドを生み出し、どんな物語を紡いでいくのか。幕は、もうすぐ開きます。

グループステージ

カリフォルニア州 サンフランシスコ

Bill Graham Civic Auditorium
9月29日 ‐ 10月2日
10月6日 ‐ 9日(現地時間)

準々決勝

イリノイ州 シカゴ

The Chicago Theatre
10月13日 ‐ 16日(現地時間)

準決勝

ニューヨーク州 ニューヨーク

Madison Square Garden
10月21日 ‐ 22日(現地時間)

決勝

アメリカ ロサンゼルス

Staples Center
10月29日(現地時間)

魔王の帰還

2015年のシーズンは、韓国選手の国外大量流出に始まりました。昨年の覇者Samsung BlueとWhiteのメンバーの大半を含め、多くの選手が中国チームへと移籍したのです。そして元Samsungのスター選手、ミッドのホ・ウンソク(PawN)とADCのキム・ヒョクキュ(Deft)を獲得した中国のEdward Gamingは、2015 Mid-Season Invitational決勝でSKTelecomを3-2の僅差で下して初の国際タイトルを獲得します。しかしこの敗戦後も、2年前の世界チャンピオンSKTは腐ることなく王座奪還に向けて準備を重ねました。

Fakerにとって2015年は間違いなく苦しい年でした。BO3の1試合ごとに戦略的選手交代が可能になったことで、ミッドレーンのポジションをイ・ジフン(Easyhoon)と交代で務めることになった上、Mid-Season Invitationalでは決勝でEDGに敗北。しかし王者が自らを奮い立たせるのにそう長くはかかりません。最強のミッドレーナーとして再起したFakerは、急成長を遂げたジャン・ ギョンワン(MaRin)と共にSKTを立て直し、Summer Splitを圧勝。ヨーロッパ開催となったWorldsで大本命と評価されるまでになりました。

KOO Tigers(現在のROX Tigers)はシーズン始めに突然現れて韓国を席巻したチームです。他のチームで切り捨てられたメンバーの寄せ集めチームであったにもかかわらず、2015年のSpring Splitでは抜群の連携力を見せて好成績を残しました。その後Summer Splitで失速したものの、2015 Worldsには韓国の第2シードとして出場を果たしました。

KOO Tigersのトップレーナー、ソン・ギョンホ(Smeb)は2013年のデビュー当時には多くのアナリストから韓国プロ最弱と評価されていました。しかし2015年には、SKTのMarinやKT Rolsterのキム・チャンホ(Ssumday)とも渡り合える選手にまで成長しました。

2015年のWorlds開催地はヨーロッパ。パリでグループステージが始まってみると北アメリカ代表と中国代表の成績が振るわず、NA LCS代表の3チームとLPL代表の2チームがグループステージで姿を消します。結局、中国チームで準々決勝まで駒を進めたのはEDGだけでしたが、そのEDGもFnaticに敗北。LMS代表2チーム(Flash Wolvesとahq e-Sports club)は幸先の良いスタートを切り、グループステージを突破しますが、準々決勝でそれぞれOrigenとSKTelecomの前に敗れました。

敗退後に引退を表明したTSMの伝説的トップレーナー、マーカス・ヒル(Dyrus)を見送るファン。

去年、勝ってくれとRekklesから言われたけど勝てなかった。今年は僕か彼のどちらかが勝つ年にしたい。

ヨーロッパ開催のWorldsが進むにつれて、ヨーロッパ代表のFnaticとOrigenは地元の観衆を大きく沸かせました。EU LCSレギュラーシーズンで18-0という偉業を達成したFnaticはWorldsでも活躍を見せ、2011年のWorlds優勝経験者であるxPekeが率いるOrigenも第3シードながら健闘し、両チームともにWorlds準決勝進出を果たしています。

最終的には準決勝が両試合とも韓国チーム対ヨーロッパチームに、決勝は韓国チーム対韓国チームとなりました。Tigersは「寄せ集め」というチームの生い立ちからチームオーナーの変更まで幾多の苦難を乗り越えて決勝の舞台にたどり着き、世界的にもトップクラスのチームという評価を確たるものとしましたが、決勝の舞台では王者SKTelecomから1ゲーム奪取するのが精一杯でした。

2015 World Championshipは「王の帰還」という表現がふさわしい大会でした。World Championship優勝2回を含め、片手では足りないほどのタイトルを国内外で獲得してきたFaker。シーズン中は不調に苦しんだ彼が再び頂点を極め、伝説を不動のものとしたのです。

世界、韓国に集う

2014年はWorld ChampionshipがついにeSportsの聖地、韓国に上陸。世界中のトップチームが韓国を目指しました。華麗なソロプレイや個々人の技術を重視しがちだった前年から一転、2014年にはチーム戦略が洗練され、リーグ・オブ・レジェンドはまた新たな変化を迎えました。進化し続ける競技シーンを牽引する韓国チームと、挑戦者として王座を狙う世界の強豪。それが当時の情勢でした。

2014年のWorld Championship決勝は韓国のソウル・ワールドカップ・スタジアムで開催され、来場者は4万人を超えました。韓国の有名実況解説者キャスター・ジャンも登場し、彼の絶叫がオンライン視聴者を含めた数百万人を大いに盛り上げました。

Imagine Dragonsの「Warriors」はWorld Championshipの魂を描き上げた楽曲で、決勝ではライブパフォーマンスも行われました。

2014年のWorld Championshipで最初のサプライズは、昨年の王者SKTelecomが出場を逃したことでした。王者の代わりに出場したのは、Samsung擁する姉妹チームBlueとWhite。両チームともに視界確保を重視してマッププレッシャーを作っていく、チームプレイ中心のスタイルを得意とするチームでした。韓国で1位シードと2位シードを獲得していた両チームは有力な優勝候補と評価されていましたが、同年のLCK Spring/Summerのプレイオフと同様にWorldsでもBlueがWhiteを下しています。

SSWのジャングラーとサポートは、試合開始数分後にはペアを組んでジャングルをインベードして視界を確保し、マップを掌握しにくる。こちらも同じプレイをし返すか、別の対抗策を打たなければ、その瞬間にほぼ負けが確定するんだ。

韓国が絶対王者であることは誰もが認めるところでしたが、一方では、他の地域も本物の「戦士」であることを証明するべく成長してきたことも事実です。この年のWorldsではCloud9とTSMがグループステージを突破、準々決勝進出の大躍進を見せ、第二回以降では北米最高の成績を残しました(準々決勝ではそれぞれSamsung BlueとWhiteと対戦し、韓国姉妹チームに敗れています)。

世界中が成長を続けていることは、この年にWorlds史上最大の番狂わせが起きたことからも明らかです。International Wildcardを勝ち抜いてきたブラジル代表KaBum! e-Sportsがヨーロッパ第1シードのAllianceを撃破したあの試合は、選手のみならず世界中の視聴者を驚かせました。Allianceは結局グループステージ後半でのこの敗戦が響き、ノックアウトステージ(決勝トーナメント)を逃します。「IWC代表も遊びに来てるわけじゃない」。この教訓は主要地域のすべてのチームが心に刻み込んだことでしょう。

中国は、王者韓国に最も近い位置にいると評されてきた地域です。そして2014年大会で、その中国が熱視線を注いだのはジェン・ツィハオ(Uzi)でした。UziはADC激戦区の中国で最高のADCと評される選手であった上に、2013年にWorlds準優勝を飾ったRoyal Clubメンバーの最後のひとりでもあったため、中国全体の期待を一身に背負うことになったのです。

終わってみれば、2014年はSamsungが強さを見せつけた大会でした。準優勝で姉妹チーム同士が戦った試合で両チームが見せた実力、そして会場を満たしていた空気は(会場が韓国だったこともあり)決勝戦と比べて何ら遜色ありませんでした。通常、観衆への礼は勝利チームのみが行なうものですが、WhiteがBlueを3-0で下した準決勝の後には、両チームのメンバーが母国の観衆に向かって礼をしました。これは両チームの心情を示す極めて印象的な光景だったと言えるでしょう。

2014年の決勝はRoyal Club対Samsung Whiteとなりました。2度目の王座挑戦に臨んだ中国の強豪はまたしても敗れ、Samsung Whiteが3-1で優勝。おそらくSamsung Whiteにとってはこの上なく幸福な瞬間だったことでしょう。リーグ・オブ・レジェンドeSportsの頂点に立ち、自国開催という晴れの舞台で優勝に沸く大観衆を前にトロフィーに口づけしたのですから。

王の戴冠

2013年は現在のLoL eSportsの原型を形作った年でした。これはレギュラーシーズンの構成からWorlds決勝のステージ演出、果ては地域間のパワーバランスにまで及びます。そして同時に、数々の名選手がデビューした年でもありました。もっとも、一番のスポットライトはひとりのルーキーが独占することになりましたが…。

それまでプロの試合といえば各所で開催されるトーナメントに出場するかたちが一般的でしたが、2013年にその形式は終わりを迎えました。各地域でリーグ制が確立され、Worlds出場条件が明確になったのです。また地域に所属するチーム同士で定期的に試合を行うようになったため、ファンもお気に入りの選手を応援しやすくなりました。さらに、地域ごとの個性や特色が生じるようになったため、各地域のトップチームが競うWorld Championshipの盛り上がりもより大きくなりました。

2013年のWorld Championship決勝は、ロサンゼルスを代表するアリーナであるステイプルズ・センターで開催されました。この会場で開催できたことは、Worldsが世界規模のプレミアイベントへと成長している証ともいえるでしょう。開会式ではフルオーケストラをバックにThe Crystal Methodがパフォーマンスを披露しました。

Fakerは最初、ソロキューからやって来た期待の新星って扱いだった。ただそういうプレイヤーはそれまで何人もいたけど、どんなにランキングが高くても、プロの試合が持つプレッシャーに耐えられなかったり、チームという環境に馴染めなかったりする事が多かったんだよね。でもFakerはほぼ全てにおいて最初から完ぺきだった。…5~10年に一人の逸材ってことなんだろうね。

SKTがWorlds出場権を獲得した瞬間のFaker

ミッドレーンの支配者Fakerを擁するSKTelecom T1はルーキーチームながらWorlds出場の最有力候補と目されていました。しかし前年のTPAが証明したように、どんな強豪も期待通りに勝ち続けられるとは限りません。各地域では、強豪チームがそれぞれ国内で圧倒的な実力を見せつけ、国際舞台で活躍する瞬間を待ちわびていました。

この年はSKT以外にも、Cloud9、Fnatic、Gamania Bears、Royal Clubの4チームが地域トップチームとして名乗りを上げました。中でもC9とFNCはWorldsに向けてこれ以上ないほど好調でした。C9はたった1スプリットながら30-3という成績で北米地域の頂点に上り詰め、FNCはEU LCSでSpring/Summer Splitを連覇していたのです。一方のGamania Bearsも東南アジアの代表として出場権を獲得しました。

しかしこの年のWorld ChampionshipはFakerとSKTのものでした。決勝でも中国のRoyal Clubを3-0で圧倒して王座に就いたのです。SKTの躍進で幕を閉じた2013年でしたが、この年のWorldsでは記憶に残るさまざまな名プレイも飛び出しました。Uziがヴェインで魅せたフットワーク、Samsung Ozoneを相手に一歩も引かず闘い抜いたGambitの姿などはこれからも忘れられることはないでしょう。

2013年のWorld Championshipは、今もなお変わらない世界のパワーバランス――王者・韓国と、それを追う中国という構図――が確立されたイベントでした。eSports国家ともいえる韓国とその他の地域の間には圧倒的な技量の差があったのです。この結果として他の地域は、韓国に追いつくため韓国の動向に注目するようになり、コーチやアナリストの活用方法から運営体制、従来のスポーツから応用できる要素などを参考にするようになりました。一方の韓国国内ではチームやチームワークの概念が更なる変化を遂げ、(一時的とはいえ)Fakerをスタメンから外すといった出来事まで起きたほどでした。すべては最高のチームを目指しての飽くなき探求だったのです。

激化する競争

2011年のシーズンが「一部の熱烈なファンによるうたかたの夢」だったとするならば、2012年のシーズンはLoL eSportsシーンが爆発的な成長を遂げて世界中に広がった年でした。前年の小規模なスウェーデン会場から一転、2012年のWorldsでは観戦者が7000人、ストリーミング中継の視聴者は600万人を超えたのです。ファンとプロ選手の情熱が大きな流れを生み出し、リーグ・オブ・レジェンドのeSportsシーンは新たな世界への扉を開きました。

2012年のトーナメントで初お目見えとなったサモナーズカップは、World Championshipの勝者に大きな権威を与える存在です。この重量32 kgの超巨大トロフィーは、Ryder CupやFA Cupなど著名なトロフィーを手がけた英国の名匠Thomas Lyte社によって生み出されました。8人の職人によって300時間以上をかけて制作された本トロフィー。リーグ・オブ・レジェンドを象徴するデザインは金、銀、真鍮を組み合わせて作られており、その美しい曲線は世界王者にふさわしい風格をたたえています。

2012年のWorld Championship決勝会場となったのは南カリフォルニア大学のガレンセンター。なお、この年から共催ではなく単独イベント化しています。

韓国、中国、東南アジア、台湾から新たなライバルが参入してきた2012年のWorld Championshipは過去最高の熱気に包まれました。また、彼らの参入はプロ選手として求められる能力のハードルを引き上げました。チーム連携の優先、キルよりもオブジェクト重視の姿勢、能動的な視界確保などの戦術が、リーグ・オブ・レジェンドの戦略を一段進化させたのです。

2012年はAzubu Frostを筆頭とする韓国チームがWorldsデビューを果たした年でした。誰もが、eSports先進国の韓国で結成されたチームが大会を席巻すると予想していました。

2012年はまた、ヨーロッパからも強豪が登場した年でした。ロシアのMoscow 5は2012年のデビューからチームワークの強さを武器に活躍し、IEM Kiev/IEM Hanover優勝など目覚ましい戦績を残します。彼らの野性味あふれる攻撃的スタイルと革新性は多くのプレイヤーから尊敬と憧れを集めました。第2回World Championshipで優勝するのは彼らだろうと予想する声も多く聞かれたほどです。また一方で、M5とは対照的に防御的で隙のないプレイを身上としていたCounter Logic Gaming Europeも、M5に対する強烈なカウンターとして存在感を示していました。

僕らはつまらない試合をしないで済むように独自のプレイスタイルを築いたんだ。ウチの試合はいつも見てて楽しかったハズだよ。

何度も対決を重ねてきたM5とCLG.EUでしたが、このライバル関係には最後まで決着がつくことはありませんでした。Worldsでは両チームとも準決勝で敗退してしまったのです。準々決勝では北米と中国のチームも敗退しており、本命と見られた韓国チームも優勝には手が届きませんでした。

Taipei Assassinsは、新地域からやって来たほぼ無名のチームでした。しかし彼らは大番狂わせを連発し、2012年の頂点に上り詰めます。準々決勝ではグループステージを余裕で勝ち抜いてきた韓国のNaJin Sword(後のNaJin Black Sword) を圧倒。続く準決勝では、「LoL史上最強のチーム」と評価されることも多いMoscow 5を力でねじ伏せます。そして決勝戦、対戦相手はAzubu Frost。グループステージからほぼ無敗(準決勝でCLG.EU相手に1ゲーム落としたのみ)で勝ち上がってきたAzubuの面々は自信に満ちていました。しかし全盛期のホン・ミンギ(MadLife)、パク・サンミョン(Shy)、イ・ヒュンウォ(CloudTemplar)を擁していたこのチームを、TPAは打ち倒して優勝を掴んだのです。

それまで台北からWorldsに行ったチームの成績が振るわなかったから、TPAはノーマーク扱いだった。準々決勝までシードだったから、練習試合以外では実力を見る機会もなかったしね。ところがMakNooN率いるNaJin Swordを2-0で下したものだから、突如として大注目チームになった。その後、準決勝でM5に勝利してファンから最有力チームと評価されるようになり、そのまま圧倒的な勢いで優勝したんだ。

最有力候補を破って優勝した、Taipei Assassins。彼らが数千人の観客の前で優勝トロフィー「サモナーズカップ」を掲げたあの瞬間、世界は新たな強豪地域の誕生を目の当たりにしました。これはまた、リーグ・オブ・レジェンドが本当に世界的な競技となった瞬間でもありました。彼らの勝利がもたらしたのはそれだけではありません。比較的シンプルだった前年までの戦術は姿を消し、オブジェクト重視の戦略やチーム連携が見られるようになり、明確なプロ意識も芽生えました。この変化はリーグ・オブ・レジェンドのeSportsシーンがさらに成長していく推進剤になったとも言えるでしょう。

台湾へ凱旋する王者を出迎えるTPAファン

小さな最初の一歩

サモナーズカップと世界王者の栄冠を手にするため、世界中から選ばれた16のトップチームが競い合う世界大会、World Championship。昨秋に続き一千万を超える視聴者が予測されるこの地球規模トーナメントも、ほんの5年前までは一部の熱烈なファンによる、うたかたの夢のようなイベントでした。

第1回World Championshipはスウェーデンのヨンショーピングで、DreamHack(複数タイトルのゲーム大会などを催すデジタル・コンテンツ・イベントで、何千人ものハードコアゲーマーが来場。現在も盛り上がりを見せている)の一部として開催されました。2011年当時、トーナメントに参加したのは8チーム。プロ選手とイベント来場者との距離は、およそゼロと言っていいほど近いものでした。

あれ以上「近い距離」でファンと交流するのは無理だと思うよ。本当に選手の真後ろに立ってて、イスをいじったり髪の毛触ったりしてきたんだから。

第1回は世界大会というよりも北米と欧州の決着をつける舞台という色合いが強く、また当時は戦略やプレイスタイルもチームごとに大きく異なりました。現在のプロシーンで見られるような洗練された戦略や練習法はまだ確立されていなかったのです。当時は北アメリカとヨーロッパの両サーバーが2大勢力であり、両地域では独自の戦術が発展していました。メタ(戦略やチャンピオンのトレンド)の最大の違いは、北アメリカではボットレーンに(アイテム依存度が比較的低い)ユーティリティ系チャンピオンを2人配置するのが主流だったのに対し、ヨーロッパでは現在と同じくマークスマンとサポートの組み合わせを配置していたことでした。記念すべき第1回World Championshipはこの2つの戦略の優劣を決める戦いとなりましたが、結果的にはヨーロッパ型戦略の優位性が証明されます。決勝カードは共にヨーロッパを拠点とするチーム、against All authority対Fnatic。最終的にFnaticがBO3シリーズを制して初の世界王者タイトルと優勝賞金5万ドルを手にしました。

第1回World Championship決勝、FnaticがaAaを倒し優勝する様子を目撃した人数はほんの数百人でした。

こうしてリーグ・オブ・レジェンドの世界王者は決定しましたが、当時のLoL eSportsシーンは未だ成長の途上にありました。ゲーミングハウスやリーグ制といった概念はテレビ番組の企画のように聞こえるほど現実味がなかったのです。もちろんeSports自体は10年ほど前から存在していますが、人々の関心はほとんど韓国のStarcraftシーンに注がれていました。LoL eSportsシーンでは、まだスター選手やライバル関係も生まれていなかったのです。しかし第1回Worldsに出場したプレイヤーたちにとってそんな事は二の次でした。彼らはただ、自分が情熱を燃やすゲームをプレイしていただけだったのですから。

大会の規模や賞金の額なんて関係無かった。みんな、ただ好きだからプレイしてた。そこがシーズン1の一番クールだったところだったね。あれがすべての始まりだったんだ。

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